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宮沢氷魚が父の若い頃にそっくり!ヒットした歌も紹介!

惹き付けられるような目を持ち独特な雰囲気をかもし出している宮沢氷魚。

ファッションモデルや俳優として注目度の高い宮沢氷魚ですが、有名なミュージシャンである父親:宮沢和史の若い頃にそっくりなんだとか!

ヒットした歌なども見ていきたいと思います☆彡

宮沢氷魚について詳しく知りたい!

宮沢氷魚のプロフィールと、宮沢氷魚は実の所ハーフなのか!

について見ていきましょう!

宮沢氷魚のプロフィール!


↓↓↓宮沢氷魚のプロフィール↓↓↓

【名前】宮沢氷魚(みやざわ・ひお)

【生年月日】1994年4月24日(25歳)

【身長】184cm

【出身地】アメリカ合衆国 カリフォルニア州 サンフランシスコ

宮沢氷魚は、元々「MEN’S NON NO」の専属モデルをしていて、2017年に「コウノドリ」で俳優デビュー。

2018年には初舞台「BOAT」で主演を演じその後テレビドラマ「僕の初恋をキミに捧ぐ」「偽装不倫」、映画「賭ケグルイ」など数多くの話題作へ出演し今大注目の俳優さんです。

そして、1番初めに目に付くのがやはり名前です!

宮沢氷魚の下の名前、「氷魚」と書いて「ひお」と読む事に驚きとても印象的な俳優さんでした☆彡

宮沢氷魚はハーフ?


宮沢氷魚の生まれがサンフランシスコである事と薄い茶色の色をしている目や地毛である茶色い髪など見た目からはハーフと言っても過言ではないですが、実際はどうなのでしょうか?!


涼しげで日本人離れした瞳の色ですね!


瞳の色をチェック!!

うーーーん、やはりハーフに見えなくはないのですが。

実は母親:光岡ディオンが日本とアメリカのハーフだったんです!

そうすると宮沢氷魚はクォーターになる訳で、、、納得です。

後でも書いていますが、父親似の宮沢氷魚だと思っていましたが母親のいいところも取っていて完璧ですね☆彡

宮沢氷魚が父の若い頃にそっくり?宮沢氷魚の父宮沢和史のヒットした歌を紹介!

宮沢氷魚が父親:和史の若い頃に似ている噂やヒットした歌は何なのかについて見ましょう!

宮沢氷魚が父の若い頃にそっくりってマジ!


宮沢氷魚の父親はシンガーソングライターであり俳優でもある「宮沢和史」だったんです!

宮沢和史は『THE BOOM』のボーカリストとして活動していました。

それでは噂を解明すべく、宮沢氷魚と父親:宮沢和史&母親:光岡ディオンの写真を見比べてみましょう!


↑↑↑親子写真↑↑↑
母親:光岡ディオンとは雰囲気は似ていますが、父親:宮沢和史とそっくりですね!


↑↑↑父息子写真↑↑↑
親子なので顔は似ているはずですが、宮沢氷魚はとても父親似です。

特に惹き付けられる目や瞳の色、鼻筋等が似ている気がします!

宮沢氷魚はまだ若いですが、これから大人の味を出していくと同時にますます父親の和史に似ていくのではないでしょうか☆彡

父親:宮沢和史のヒットした歌を紹介!

↓↓↓宮沢和史のプロフィール↓↓↓
【名前】宮沢和史(みやざわ・かずふみ)

【生年月日】1966年1月18日(54歳)

【身長】171cm

【出身地】山梨県 甲府

「THE BOOM」は1986年11月に結成され、・宮沢和史(ボーカル・ギター)・小林孝至(ギター)・山川浩正(ベース)・栃木孝夫(ドラムス)の4人メンバーで活動していましたが!

2014年12月に解散したロックバンドです。

「THE BOOM」というバンド名は「常に流行に左右されず自分たちの音楽を貫いていけるように」という逆説の意味があり、宮沢和史が名付けたんです。

でわ早速、数々のヒット曲を出していましたがどんな曲がヒットされていたのか振り返ってみましょう!

■1989年「星のラブレター」

■1993年「島唄」

■1995年「風になりたい」

数多くの作品がある中、この三作品がヒット曲として有名でした!

特に「THE BOOM」と言えば「島唄」の印象から沖縄のイメージが強いグループでしたが、・スカ・ロック・フォーク・沖縄民謡・演歌など独自性の強い世界観で注目を浴び続けていました。

結成されてから解散するまでの28年という月日を、メンバーが変わること無く活動していたと聞くと凄く心が暖かくなりますよね☆彡

宮沢氷魚<まとめ>


今回は、宮沢氷魚が実はハーフなのか、父 和史に似ている噂やヒットした歌等について見ましたがいかがでしたでしょうか。

両親共に有名な方ですが、両親の名前に埋もれる事の無く自力で今の地位を築き大活躍をしている所が魅力ですね!

2020年には映画「his」の主演を務めるなど、今後の活躍にも期待大です☆彡